アンナスのもとへ連行される―張ダビデ牧師

ヨハネの福音書18章12節から22節は、イエス様が捕縛され、縛られたまま大祭司アンナスのもとへまず連れて行かれる場面を非常に生々しく描写しています。本福音書全体の中でも、イエス様の受難と十字架の出来事に決定的な準備をもたらす重要な瞬間です。特にヨハネの福音書の記者は、共観福音書(マタイ・マルコ・ルカ)では比較的あっさり扱われているアンナスの存在を明確に際立たせることで、当時の宗教的権力の腐敗と陰謀がいかにイエス様に向かって動いていたかを告発しています。ここには、大祭司職の世襲と堕落した宗教権力の実態がはっきりと示され、イエス様が既得権を守ろうとする者たちの偽りと暴力によっていかに陥れられ、犠牲になったのかが証明されます。この箇所に触れるたびに、私たちは当時の歴史を超えて、現代においても繰り返され得る宗教的・社会的権力の腐敗を省みるよう促されるのです。張ダビデ牧師はこの本文を解き明かす中で、特に「まずアンナスのもとへ連れて行かれた」という事実に着目し、その不当性と逆説を詳しく指摘します。そして本文を中心とした深い黙想を通じ、イエス様がどのような状況下でも神の国の真理を証しし、ついには贖いの道を開いてくださったことを再認識したいと説いています。 1. アンナスへ「まず」連れて行かれたイエス様 聖書本文(ヨハネ18:12-14)によると、イエス様を捕らえに来た者たちは、兵隊と千夫長、そしてユダヤ人の下役たちで構成されていました。彼らはゲッセマネの園でイエス様を逮捕した直後、すぐにイエス様を縛り、まずアンナスのもとへ連行します。アンナスは現職大祭司カヤパのしゅうとで、すでに相当な影響力と財産、そして強力な背後権力を誇る人物でした。ヨハネ18章13節は簡潔に「アンナスはその年の大祭司カヤパのしゅうとであった」と記すだけですが、そのひと言の背後には、当時のユダヤ教の宗教制度がいかにアンナス一族を中心として腐敗し、深く絡み合っていたかが暗示されています。 本来、大祭司の職分はレビ記の規定により終身職であるべきで、何より聖く純潔に保たれるべき位置づけでした。ところが実際にはそうではありませんでした。アンナスは紀元6年から15年まで、実に9年にわたって公式に大祭司を務め、その後は彼の5人の息子たちが次々と大祭司の座を継承しました。そしてその合間に娘婿であるカヤパを大祭司として据えたのです。これは正当な手続きをまったく踏まない、極度に堕落した宗教権力の世襲体制でした。 こうした腐敗した構造を背景に、ヨハネの福音書の記者は、主が捕縛された直後に「まずアンナスのもとへ」引き立てられたことを明確に記録します(ヨハネ18:13)。法的観点から言えば、現職の大祭司カヤパの前でも裁判が行われるべきでしたし、正式な宗教裁判は日の出を待って、必ず神殿の庭、すなわちサンヘドリンが集まる場所で行うのが本来の手順でした。ユダヤ教の最高意思決定機関であるサンヘドリンの裁判手続きは極めて厳格で、最低でも二人以上の証人が必要であり、偽証が発覚した場合その証言は無効となりました。さらに死刑判決を即執行する権限はユダヤ当局にはなく、ローマの承認を経る必要がありました。つまりイエス様を十字架刑に処するためには、ローマ総督による公の裁きが付け加わらねばなりません。 にもかかわらず、彼らは「律法を厳守している」と自称しつつ、実際は自分たちの既得権を守るために夜中にイエス様をこっそり捕らえ、アンナスのもとへ最初に引っ立てて行きました。これは明らかに律法違反であり、不法な裁判の進め方でした。 2. なぜアンナスだったのか? なぜわざわざアンナスのもとへ行ったのでしょうか。ただカヤパのしゅうとだからという理由だけで訪れたのでしょうか。それともあらゆる権力と陰謀の背後で実際の影響力を行使していた“実力者”こそアンナスだったのでしょうか。多くの学者や牧師、そして張ダビデ牧師のような人々も、アンナスという存在を単なる「前職の大祭司」と見るのではなく、実際にイエス様の逮捕および処刑の過程で決定的な影響力を行使した中心人物と捉えます。 アンナスはすでにローマと結託し、大祭司職を売買しながら莫大な富を蓄え、神殿で売られる捧げ物(「神殿商売」)を事実上独占していました。その結果、神殿は「強盗の巣」であり、商人たちの貪欲を実現する場所と化してしまいます(ヨハネ2:13-16、マタイ21:13など)。イエス様は公生涯の初期と最後に二度も神殿を清められ、この腐敗した構造を正面から批判されました。 当時、神殿で捧げ物を買う際は、本来なら傷のない生贄を選ばなければなりませんでした。しかし「神殿内部」で売られている捧げ物は、大祭司側の検査官が自動的に“合格”を出し、「神殿の外」から持ち込まれた生贄は、いくら欠点が全くないように見えても、意図的に傷物と判定されがちでした。結局、巡礼者や礼拝者は高価で不当な値段を払ってでも、神殿内で公式に認められた捧げ物を買わざるを得ませんでした。鳩のような貧しい人々向けの捧げ物でさえ、神殿内では数倍以上の高額で販売されていたのです。このようにして蓄積された莫大な利益は、アンナス一族と結びついたサドカイ派の指導層に還元されました。さらに彼らはローマの権力者とも緊密に結びついていたため、宗教的特権と政治力を利用し、安定的に既得権を保持できたのです。 こうして宗教権力の腐敗を象徴するアンナスが「まず」イエス様を尋問したことは、単なる手続き上のハプニングではなく、本格的な「イエス抹殺」陰謀の始まりだったのです。ヨハネ18章19節以下でアンナスはイエス様に「その弟子たちや教えについて」問いただします。これは非常に策略的な問いで、イエス様にどれほど多くの弟子がいるのか、あるいはイエス様がユダヤ教の伝統とは全く違う革命的教えを密かに広めているのではないか、といった追及の仕方でした。ヨハネの福音書の記者は、「私はひそかに何も語りませんでした」と仰せになるイエス様の答え(ヨハネ18:20)を伝えています。実際イエス様は公の場所である会堂や神殿でいつも教えを述べられ、大勢の人々の前でも大胆に神の国を宣べ伝えられました。しかも神殿を清められた事件も公開の場で行なわれていますから、「秘密結社」のようなイメージをかぶせようとするアンナスの意図がいかに空虚なものであるかが示されています。 イエス様はアンナスの直接の尋問に対して、「なぜ私に尋ねるのか。私の話を聞いた人々に尋ねてみなさい。彼らは私が話してきたことを知っています」(ヨハネ18:21)と答えられます。これはユダヤの裁判慣習にも適った、極めて合法的で正当な返答です。なぜなら、誰かを正式に告発しようとするなら、二人以上の証人が必要であり、もしイエス様が本当に危険で悪質な教えを広めていたならば、その「被害者」や「目撃者」が当然名乗り出るはずだからです。それでもアンナスはイエス様に自ら罪を自白させようとする、一種の自白強要的尋問を試みます。この箇所で不正な裁判の実態が一層はっきりと示されます。イエス様が合理的で正当な弁明を述べられたにもかかわらず、そばにいた下役の一人はイエス様の頬を打ち、「大祭司にそのような答え方があるか」(ヨハネ18:22)と侮辱するのです。裁判というより、暴力が横行する不義の場であることが明らかになる瞬間です。 3. イエス様の沈黙と真理の証言 この部分を深く黙想するとき、私たちは主が不当な暴力の前にも黙々とその道を歩まれる姿を見出します。罪のない方が罪人扱いをされ、縛られたまま、夜中に行なわれる違法な尋問の場に立たされている。それでもイエス様は最後まで真理の言葉を守られます。裁判の手続きや律法本来の精神を正面から無視するアンナスは、イエス様を神の権威への挑戦者として追い詰めようとしますが、実際は神を冒涜し神の御名を汚したのはアンナス自身でした。堕落した宗教権力は自らを防衛するためなら、いくらでも偽りや暴力を用います。その結果、神殿は商人であふれた場所となり、大祭司の座は金と結びついた世襲職に堕落してしまいます。 張ダビデ牧師はこの本文を黙想しながら、イエス様の受難が単なる個人的な苦痛の問題ではなく、巨大な宗教的・政治的腐敗構造と衝突した事件であることを強調します。当時の大祭司職がいかに親ローマ派の者たちによって買収や裏取引によって独占されていたのか、すなわち神に捧げるはずの礼拝が権力維持の手段に変質していたのか、改めて振り返るのです。そして張ダビデ牧師は、これを現代にも適用し得る洞察として提示します。今日の教会やいかなる信仰共同体も、自分たちを絶えず省みなければ、いつでも「アンナス化」してしまう可能性があるからです。つまり神の御名を掲げながら、実際には富や権力をむさぼる歪んだ姿を示しかねないということです。かつてイエス様が神殿を清められたときの憤りと御言葉を思い起こすなら、教会が世の中でどのような姿勢をとるべきか、一層明確になるはずです。 4. ベドロと「もう一人の弟子」の物語 ここでもう一つ注目すべき点は、ベドロと「もう一人の弟子」の話です(ヨハネ18:15-18)。ヨハネの福音書は、すべての弟子が散り散りに逃げた状況でも、ベドロともう一人の弟子が最後までイエス様について大祭司の屋敷の庭に入ったと伝えます。その際、「大祭司に顔見知り」であったこのもう一人の弟子が、ベドロを連れて門を通れるように取り計らいました。本書の文脈や教会史的・伝統的解釈において、この人物を使徒ヨハネと推測する説が多いですが、中にはユダだった可能性を唱える者もいます。もし彼がユダであれば、大祭司側と内通していたため、ベドロを通せたのかもしれません。とはいえ伝統的には、ヨハネが大祭司の家系と何らかの縁があったと見なすことが多いでしょう。 重要なのは、ともかくベドロがイエス様を最後まで追いかけてきたという事実です。彼は失敗が多く、つまずきやすい性格だったものの、誰よりもイエス様を愛していましたし、裏切るつもりもありませんでした。むしろイエス様を守ろうとして剣を抜くほど熱心だったのです(ヨハネ18:10)。 ところが大祭司の屋敷で焚火にあたっていたベドロは、とうとうイエス様を三度否認してしまいます(ヨハネ18:17-18、25-27)。これはイエス様がすでに予告しておられた(ヨハネ13:38)とおりの成り行きでした。もしかするとこの瞬間、ベドロが本当にすべきだったのは、その不法な裁判の現場でイエス様を弁護することだったかもしれません。アンナス側がイエス様の教えを歪曲し、弟子の集まりを反体制的陰謀集団に仕立て上げようとする中で、もしベドロが立ち上がり「主がお語りになったのは神の国の福音であり、ユダヤ律法を破壊しようとなさったことはない。神殿を壊せと仰ったこともなく、むしろ真の礼拝の回復を説かれたのだ」と証言していたらどうなったでしょうか。しかしその場は命の危険が伴う状況だったため、ベドロは恐れに震えざるを得なかったのです。 とはいえ、この場面はベドロの否認を通して、人間の弱さがどこまで極まるかを示すと同時に、主の愛と赦しがいかに大きいかを対比させます。後に復活されたイエス様はティベリアの湖畔でベドロを探し求め(ヨハネ21章)、「あなたは私を愛するか」と三度問いかけて彼を回復させました。 5. 十字架への道と真理の証し イエス様への尋問の場面は、その後ピラトへ移される裁判手続き(ヨハネ18:28以降)へと続き、十字架刑が最終的に決定されていきます。この過程を通じてヨハネの福音書は、イエス様が単に「権力に屈して捕えられた悲劇的犠牲者」ではなく、むしろ「真理を証しするために世に来られたお方」であることを示そうとしているのです(ヨハネ18:37)。すなわちイエス様は力ある神であられ、いくらでも自分を守ることがおできになったにもかかわらず、私たち人類の罪を代わりに背負うため、自ら苦難と恥辱を引き受けられました。宗教権力と政治権力が結託するこの暗闇の中で、イエス様は黙々と父なる神の御旨を成就する道を選ばれたのです。その道こそが十字架の道でした。 張ダビデ牧師は、この箇所を解釈する際、今日の教会が置かれている状況と非常に似通っている点を指摘します。当時の人々も「律法を守っている」「神の御名を高く掲げる」と口で言いながら、実際は夜中にこっそりと裁判を開き、無実のイエス様を捕縛する不正が行なわれていました。自分たちを聖なる集団と装いつつ、実際には武力と陰謀、そして不当な拘束でイエス様を押さえつけようとしたのです。決して白昼に堂々と裁判をせず、大祭司の屋敷の内で密かに悪事を行う姿こそ、偽善と独善の典型です。 教会の歴史の中でも、不正な権力がキリスト教信仰と結託し、多くの暴力を振るった事例が存在します。中世の宗教裁判や、教権が王権と結びついて権勢を誇った様々な歴史的状況には、当時のユダヤ教権者たちと大差ない堕落と誤りがありました。 6. 不正な権力と教会の在り方 では、どのようにして私たちはこの腐敗を食い止め、イエス様が示してくださった真の礼拝の精神を回復できるのでしょうか。張ダビデ牧師は次のような原則を強調します。 第一に、教会はいつもイエス様を中心に据え、イエス様の御言葉に聴く共同体として立たねばならないこと。 いかに「律法を守る」「教会の伝統を重んじる」と言っても、その本質にイエス様の教えと愛がなければ不義や腐敗に陥り得ます。イエス様は常に真理をはっきりと語り、神殿を「商売の家」にしてはならないと仰せられました(ヨハネ2:16)。教会もまた、物質的利益や世俗的権威を追求する場所ではなく、礼拝と祈り、そして信徒の交わりが行われる共同体であるべきです。 第二に、神殿や教会が、巨大な建物や制度そのものとしての権威を主張してはならないこと。 イエス様は「この神殿を壊してみよ。私は三日でこれを建て直す」(ヨハネ2:19)と仰せられましたが、これはご自身の体、すなわち復活を指し示す宣言でした(ヨハネ2:21)。もし建物や組織が腐敗しているなら、それを壊して、真の礼拝と御言葉中心の共同体として再建すべきだという霊的原則がここに示唆されています。既得権を守るために神殿を悪用したアンナスと大祭司たちは、神の御子であるイエス様を自分たちの敵と見なしました。しかし教会共同体は常に自らの腐敗を省み、真の礼拝に立ち返る必要があります。もしも私たちが現代社会で、教会という枠に閉じこもり、独自の既得権を守ろうとしながらイエス様の真理から遠ざかった行動をとるならば、それはアンナスの道を踏襲するのと変わりありません。 第三に、弟子たちの弱さとその回復過程を忘れてはならないこと。 ベドロはイエス様の筆頭弟子でありながら、最も悲惨な形で主を否認しました。しかし主は再び彼を訪ね、使徒として回復されました。今日の教会でも、自分が長く信仰生活をしているとか、リーダーだからという理由で高ぶったり、あるいは罪悪感や失敗感に囚われて自暴自棄に陥る者がいます。しかしイエス様は私たち一人ひとりの弱さにもかかわらず、いつでも回復を与えてくださる方です。大切なのはイエス様のもとへ立ち返ることです。ベドロのように涙をもって悔い改め、再び主に心を開くとき、私たちの失敗や恥は神の恵みの道具へと変えられます。張ダビデ牧師はこれを「十字架の道において人間の弱さがことごとく露呈するが、主の血潮によって完全に新しく建て直されるのが福音の力である」と解釈しています。 第四に、教権的暴力は常に隠密に行われることを忘れないこと。 イエス様を尋問したアンナスの姿勢は、表向きは合法的な手続きに見せかけ、実際にはでたらめな証言や暴力でイエス様を追い詰めるものでした。この手の不義は往々にして「公共の善」や「宗教の純潔」といった名目で行われます。古代イスラエルのサンヘドリン裁判や、中世の宗教裁判、近現代史における政治権力と教権の癒着など、いずれも同じことを物語ります。私たちが教会内外を問わず、権力を持つ者、指導者たちの決定過程とその進め方に常に目を光らせる必要があるのはこのためです。権力を持つ者が自分の既得権を守るため、水面下で陰謀を企てたり、表向きもっともらしい大義名分を掲げて暴力性を覆い隠すことは、いつでも起こり得るからです。 第五に、イエス様はこうした不当な暴力の前でも、偽りで対抗したり暴力で報復したりされなかったこと。 ゲッセマネの園で剣を抜いたベドロに対しても、「剣をさやに納めなさい」(ヨハネ18:11)と命じられました。そしてアンナスの下役に頬を打たれる場面でも(ヨハネ18:22)、主は不義に沈黙しきったわけではありませんが(ヨハネ18:23)、暴力による応酬はなさらなかったのです。むしろ「もしわたしが悪いことを言ったなら、その悪いところを証明しなさい」(ヨハネ18:23)とおっしゃり、真理の光によって闇を暴く道を選ばれました。結局イエス様は十字架の上で「完了した」(ヨハネ19:30)と宣言され、悪の最終的な終わりを決定づけられたのです。このようにイエス様の応答の仕方は、暴力の悪循環を断ち切り、真理と愛の力によって世界を贖われる神の方法を示しています。張ダビデ牧師はここに注目し、「イエス様は世の論理とは全く異なるやり方で勝利なさった。これこそ十字架の道であり、私たちにも求められる聖なる従順の道なのである」と強調しています。 7. 「アンナスのもとへ最初に連れて行かれた」という意味 結局、ヨハネ18章12-22節、とりわけ「まずアンナスのもとへ連れて行かれた」という箇所は、イエス様の受難が単にユダヤ教指導者たちの誤解や嫉妬の産物ではなく、彼らの根深い腐敗した宗教権力構造の中で必然的に起こった出来事であることを私たちに思い起こさせます。またイエス様がそのただ中に進まれ、罪なきにもかかわらず恥辱を受け、十字架を負い始められたことを示すのです。アンナスの屋敷の庭でイエス様が取られた態度、不法な裁判と暴力に対抗する方法、弟子たちの失敗と弱さ、そして最終的には救いへの道を歩まれるキリストの足取りが、現代の私たちに投げかける教訓はきわめて大きいといえます。 この本文を通じ、張ダビデ牧師は、教会とキリスト者たちが世の中でどのような姿勢で存在すべきか、より深く考えようと提案しています。一方では、世の論理と手を結んだ堕落した宗教権力の様子が、私たちの内側にも潜んでいないかを日々点検しなければなりません。物質的利益や名誉、権力に対する欲望が神殿を「商人の巣」へと変えてしまわないよう、警戒すべきです。他方、イエス様が示された真理と愛の力を学ばねばなりません。不当な攻撃や誣告に直面しても、偽りを暴きながら、最終的には暴力で返さず、自らのいのちを差し出す犠牲によって罪人を救われるイエス様の道を私たちも選ぶべきだからです。 特に「わたしはひそかに語ったことはない」と宣言されるイエス様の姿は、教会の宣教と生き方が常に透明かつ公開された形で行われるべきことを教えています。イエス様の福音は光そのものであって、闇の中でこっそり広める危険思想ではありません。したがって教会は福音を公然と宣べ伝えねばなりません。説教にせよ、奉仕にせよ、宣教にせよ、あらゆる行為において不純な動機や陰謀があってはなりません。教会内の意思決定も公開の場で、公正な手続きを踏んで進められるべきです。アンナスが密かに謀り、夜に裁判を開き、証人の証言もなくイエス様を追い詰めたようなことは、断じて教会の中で繰り返されてはならない闇のやり方です。 さらに、ベドロの否認事件は、私たちにどんな絶望の淵に陥ろうとも、再び立ち上がる希望があることを示唆します。ベドロはイエス様の前で「たとえ死ぬとしても主を否むことはあり得ない」(マタイ26:35)とまで誓った人物でした。ところが危険に直面すると三度主を知らないと言い、さらには呪いさえ口にした(マルコ14:71)。これは非常につらい敗北でしたが、主は彼を見捨てませんでした。後に復活されたイエス様が弟子たちをガリラヤへ呼び寄せられたとき(マタイ28:10、ヨハネ21章)、ベドロに向かって「あなたはわたしを愛するか」と三度尋ね、彼を回復に導かれたのです。この出来事は、イエス様を心から愛する者がいかにして使徒として生まれ変われるのかを示しています。張ダビデ牧師は、これについて「ベドロが主を否認したその場所からキリストの教会が復活したのであり、彼の回復こそすべての失敗した者への救いの約束となる」と語り、神の憐れみは最も深い恥の場にこそ臨むのだという福音の神秘を強調します。 8. 神殿の清めと「新しい神殿」の宣言 さらにヨハネ2章でイエス様が神殿を清められた際、ユダヤ人たちは「あなたはどんな権威でこれらのことをするのか」(ヨハネ2:18)と反発しました。そこでイエス様は「この神殿を壊してみよ。私は三日でこれを建て直す」(ヨハネ2:19)と答えられます。ヨハネの福音書の記者は、これはイエス様の体、つまり復活を指していると解釈します(ヨハネ2:21)。しかしこの「神殿清め」の出来事こそ、宗教権力層の怒りを買い、彼らがイエス様を排除すべき対象と見なす決定打となりました。結局アンナスが主導した陰謀の本質は、イエス様が「古い神殿を壊せ」と仰せになったことで、既得権を失うことを恐れた点にありました。このようにイエス様の福音は、古い制度や罪の構造を打ち砕き、新しい創造と救いの道を開くものなのです。その道は既得権者にとってしばしば不愉快であり、脅威となることもあります。しかしイエス様はためらわれず、ついに十字架を通して新たな救いの神殿を建て直してくださいました。教会はこの事実を忘れず、常に「新天新地」を見据え、不義と妥協しない純粋な信仰を守るべきなのです。 この本文を通して私たちがさらに深く悟るべき教訓の一つは、人間の歴史の中で最も醜く不当な陰謀でさえ、神の救済計画を阻むことはできないという点です。アンナスとカヤパ、そして彼らと手を組んだユダヤ教指導者たちが、どれほど多くの謀略や偽証を駆使してイエス様を十字架へ追いやったとしても、神のご計画はむしろこの十字架を通して完成しました。つまり罪人である私たちが赦され、永遠のいのちを得る出来事がそこで成し遂げられたのです。この事実は、今日の教会が苦難を受けたり世の憎しみや陰謀と対峙するときも、決して挫けずに信仰をもって歩み続ける根拠となります。十字架の後には復活があり、その復活を通して神の勝利が全宇宙に宣言されたのです。たとえ「まずアンナスのもとへ連れて行かれる」状況が起ころうとも、キリストの内にある者は神の摂理を信頼し、最後まで信仰を守り抜くことができます。 このようにヨハネ18章12-22節は、イエス様の逮捕と違法な尋問の場面を通して、腐敗した宗教権力と真理なるイエス様との対立を鮮やかに示しています。そして私たちみんなに「腐敗と偽りの罪悪を遠ざけ、イエス様の道を恐れずに追い求めよ」と促しているのです。張ダビデ牧師は現実の教会にこれを適用する説教や教えの中で、特に「神殿の中の商人」にならないよう目を覚ましていなければならないと何度も説いてきました。教会が世の物質的野心や権力争いに巻き込まれれば、アンナスの屋敷の庭で頬を打たれるイエス様を再び侮辱することになりかねません。教会の指導者たちは自分の権威のためにイエス様を利用したり、密かな利益を得つつも表向きは聖なる姿を取り繕う二重の態度を、極度に警戒すべきです。同時に、既に失敗した弟子であっても、真実に悔い改め主のもとに戻れば、ベドロのように使徒として回復される希望をもたねばなりません。 9. 十字架の道とイエス様の招き 結局、「まずアンナスのもとへ連れて行かれた」という本文が示唆する核心は、十字架の道とは、腐敗した世の不義や暴力の前でも屈せず、真理と犠牲をもって全うする道であるということです。イエス様はその道を一人で歩まれ、私たちにも「自分の十字架を負ってついて来るように」と招かれます。現実的に教会が世の権力と対決し、不利益を被ることは容易ではないでしょう。しかし主が既に歩まれた道、一見矛盾と暗闇だらけの場所でも神の計画を成し遂げられるその道を握るとき、私たちは初めて真の自由と救いの力を体験するのです。 このメッセージは、すべての時代の信徒たちに有効です。宗教的名分で覆われた不義が横行するとき、私たちは「本当にこれがイエス様の望まれる姿なのか」と深く問いかける必要があります。もし教会が世俗の権力と癒着し、富と権勢を謳歌するうちに、いつのまにかイエス様の教えとは全く別の道を歩んでいるのを見ても、そこに絶望したり諦観したりしてはなりません。イエス様はすでにアンナスの屋敷の庭で、そしてピラトの官邸で、そして残酷な十字架上で勝利を宣言されたのです。ゆえに教会はどんな状況下でもイエス・キリストの福音を守り、真理を証言すべきです。たとえ暴力が渦巻く現場であっても、イエス様のように光の中であらゆることを明るみに出し、密かな悪に立ち向かい、赦しと犠牲の道を選ばねばなりません。 この全体の流れの中で、張ダビデ牧師は今日の教会と信徒たちが改めてヨハネ18章の現場に入り込んでみるべきだと勧めます。捕らえられたイエス様のそばで、あるいはベドロの立場で、または堕落した大祭司体制を見ている傍観者の立場で、私たちはいったいどのような態度を取るのか、と問うのです。もし私たちがイエス様を裏切り、虚偽の証言をする人々の側に立つなら、それは教会が本来いるべき場所ではありません。一方、人間的恐怖や弱さから失敗してしまうことがあっても、ベドロのように主のもとへ帰り、悔い改めと赦しを願うなら、主は私たちを新たに用いてくださいます。それでも陰謀と不正、偽善と暴力の側に立ち続けるなら、いつか神の正しい裁きを免れられないでしょう。 「まずアンナスのもとへ連れて行かれた」と記したヨハネの福音書の微妙な表現には、記者ヨハネの意図が隠されています。つまり、イエス様の捕縛から尋問に至る全過程にわたって、アンナスがどれほど決定的かつ否定的な役割を果たしたのかを読者にはっきり印象づけようとしたのです。実際に現職大祭司はカヤパでしたが、その背後で全てを主導していたのはアンナスであり、イエス様をここへ「先に」連れ込ませて尋問させました。こうして神殿権力と世襲された宗教カルテルは法手続きを無視し、自分たちの既得権を守るため、容赦ない暴力を振るったのです。イエス様はその前で宗教的・司法的・政治的「違法性」をことごとく明るみに出され、決して沈黙だけで終わらず、しかしご自身が背負うべき救いの十字架を拒まれませんでした。そしてまさにこの点で、私たちはイエス様の従順とへりくだり、そして自らをささげる愛にもう一度感動させられます。 張ダビデ牧師はヨハネ18章の説教をする際、「教権主義の極み」を見せたアンナスと、「自己卑下の極み」を示されたイエス様とが鮮やかに対照を成していると語ります。教権主義者アンナスは、金と権力を利用して神殿を私物化し、神の御名を悪用して富と名声を追い求めました。一方、イエス様は神であられながらご自分を低くして人々のただ中に来られ、弟子たちの足を洗い、罪人たちの手に渡されて十字架にかかり、全人類の救いを成し遂げられました。この対比を通じ、福音書が最終的に伝えたいメッセージはいっそう明確になります。神の国は世の権力や富を志向する精神ではなく、下り下りと仕える姿勢、そして犠牲を通してあらわされるのだということです。教会がこの真理を堅く握らなければ、アンナスが見せた腐敗を繰り返すだけで、世の人々から非難と嘲笑を浴びることになるでしょう。 … Read more

On l’emmena d’abord chez Anne – Pasteur David Jang

Le passage de Jean 18.12-22 décrit de manière très vivante la scène où Jésus est arrêté, lié et emmené d’abord chez le grand-prêtre Anne. Cet épisode constitue un moment clé qui prépare de manière décisive la Passion et l’événement de la Croix dans l’ensemble du récit évangélique. En particulier, l’auteur de l’évangile de Jean met … Read more

Llevándolo ante Anás – Pastor David Jang

El pasaje de Juan 18:12-22 nos muestra vívidamente la escena en la que Jesús es arrestado y atado para ser llevado primero ante el sumo sacerdote Anás. Este momento constituye un punto clave que prepara de manera decisiva la pasión y el evento de la cruz en todo el relato evangélico. De manera particular, el … Read more

Leading Him to Annas First – Pastor David Jang

John 18:12–22 vividly depicts the moment when Jesus is arrested, bound, and first taken to Annas. This scene is pivotal in preparing the Passion and crucifixion of Jesus throughout the Gospel narrative. Particularly, the writer of the Gospel of John highlights the presence of Annas, an aspect relatively less elaborated in the Synoptic Gospels (Matthew, … Read more

안나스에게로 끌고 가니 – 장재형목사

요한복음 18장 12-22절은 예수님께서 체포되시고, 결박당하여 대제사장 안나스에게로 먼저 끌려가시는 장면을 매우 생생하게 보여준다. 이 장면은 복음서 전체에서 예수님의 수난과 십자가 사건을 결정적으로 준비하는 핵심적인 순간이다. 특히 요한복음 기자는 공관복음(마태, 마가, 누가)에서 상대적으로 간략하게 다루어진 안나스의 존재를 분명하게 부각함으로써, 종교 권력의 부패와 음모가 어떤 식으로 예수님을 향해 작동했는지 고발한다. 여기에는 대제사장직의 세습과 타락한 종교 권력의 실체가 분명히 드러나며, 예수님께서 기득권을 지키려는 자들의 거짓과 폭력에 의해 … Read more

La conversion de Paul – Pasteur David Jang

1. La conversion de Paul Le pasteur David Jang est largement reconnu pour son insistance sur la passion apostolique et la vision missionnaire dans l’Église d’aujourd’hui, tout en s’attachant fermement à l’essence de l’Évangile. Son ardent zèle pour l’Église et son esprit de défi pour annoncer l’Évangile aux quatre coins du monde rappellent les pas … Read more

パウロの回心 – 張ダビデ牧師

1. パウロの回心 張ダビデ牧師は、現代の教会において使徒的な情熱と宣教的ビジョンを強調し、福音の本質を堅く掴むことに専念してきた人物として広く知られています。教会に対する熱い情熱、そして世界各地に福音を伝えようとする挑戦精神は、まさに使徒パウロの足跡を思い起こさせる側面があります。もともとパウロの名前はサウロで、キリスト教を迫害していた熱心なユダヤ教の学者であり、律法に精通した人物でした。エルサレムからダマスコに至る長い道のりをいとわず、「その道を歩む人」、すなわちイエスを主と告白する者たちを捕らえるための公文まで受け取って出発するほどに、サウロは自分の信念に徹底していました。サウロの人生には「自分が正しいと信じる道には命すら懸ける」という情熱がありました。ところが神は、そのような“独特な執念”を持つ人物を選び、異邦人の使徒として立てられたのです。聖書は、神の摂理がどれほど奥妙で驚くべきかを、このサウロの出来事を通してありありと示しています。 張ダビデ牧師の宣教・牧会の特徴は、まさにこの「神が壊れた枠をひっくり返し、跳躍をもたらす選び」を積極的に理解し、説き明かす点にあります。彼は、「福音は単に『優しく穏やかな人』だけのための物語ではなく、ときには荒々しい魂や、まるでオオカミのようにしつこい性格を持つ者さえも変容させる力を持つ」という事実を、繰り返し強調してきました。教会の歴史を振り返っても、初期キリスト教を最も激しく迫害していた人物が世界宣教の主役へと変わったという事件こそ、その代表的な例でしょう。そこから私たちは、「神は、最も憎んでいた敵すらご自分の証人にされる」という福音の逆説的メッセージを見出すのです。 サウロからパウロへと変わるきっかけとなった瞬間、すなわちダマスコへ向かう途中で光の中から「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」という声を聞いた瞬間は、まさに人生の大転換でした。そしてこの出来事は、現代のクリスチャン、さらには現代の韓国教会の指導者たちにも深いメッセージを投げかけます。張ダビデ牧師は、人間の意志を超越して歴史を動かされる主の召命に対するこの聖書的パターンを深く受け止めつつ、「福音宣教の主導権はいつも神にあるのだ」ということを説教を通じて繰り返し強調してきました。 とりわけ彼のメッセージには、「積極的な従順」と「不可抗力的な恵み」が調和して示されています。サウロが光の中で倒れ、目が見えなくなった状態で3日間飲食を断った場面は、神の能動的な働きの前に人間がどれほど無力になり得るかをまざまざと表しています。しかし同時に、その「無力な状態」に至って初めて、神の声に正しく耳を傾けることができるということも示しています。張ダビデ牧師は、この過程を単に「受動的な敗北」と見るのではなく、「力強い恵みへの招き」であると強調します。逃げられる道があるならどこまでも逃げたいヨナのような人であろうと、あるいは教会を憎む感情に囚われて、信徒たちを捕らえて殺そうとしたサウロのような人であろうと、結局は神の御手の下で用いられる存在へと変えられるのです。 張ダビデ牧師が牧会現場で説く「召命の神学」は、「主は私たちを救うためだけではなく、私たちを召して共に働くために救われた」という点に強調があります。彼は信徒たちに「祈りと御言葉の黙想を通じて、あなたを呼ばれる声を聞きなさい」と絶えず勧めています。その声は人生のどんなタイミングで不意に訪れるかもしれません。人生の絶頂期であれ、どん底の時期であれ、神の召しは私たちの予測や説明を超えたかたちで臨むことがあるのです。ダマスコ途上で光がサウロを完全に包み込んだように、ときには人間の理解を超える方法で神の呼びかけが与えられます。 しかし、その呼びかけに応じて歩んでいくためには必ず「従順の歩み」が必要であると、張ダビデ牧師は繰り返し教えています。サウロが「主よ、あなたはどなたですか」と問い、「主」と呼んだ瞬間、すでに疑いようのない体験を通してイエスの主権を認めたも同然でした。そして彼の目が見えなくなると、サウロは主の声のとおりダマスコの町へ入り、神が備えておられた別の弟子アナニアに出会わなければなりませんでした。それこそがサウロの「へりくだり」であり、従順の核心です。張ダビデ牧師は、この点について次のように語ります。「主が私たちを召されるとき、どんなに抵抗しようとしても結局は苦しむだけなのです。『突き棒を蹴れば自分が痛い』という御言葉のように、神の目的のための召しは人間の才覚や計略で避けられる問題ではありません。」 こうして神が「独特な執念を持つ人」をも捕らえてお用いになるということは、穏やかで善良そうに見える人だけでなく、ときに非常に荒々しく、世の欲望や怒りでいっぱいの人までも変える福音の力を示しています。張ダビデ牧師のメッセージにおいて、ここはとても重要な部分です。教会は、ある意味「羊のようにおとなしい人」にだけ門が開かれているように見えがちです。しかし、むしろこの時代に私たちが目を留めるべき対象は、いまだイエスを知らず、教会に敵意を抱く者たち、世俗の欲望を追い求めて疾走する者たち、さらには教会を倒そうとさえ考える者たちかもしれないのです。そういった人々こそ、神に捕らえられれば新たな開拓の時代を切り拓く「オオカミのような人」になり得るのだ、と張ダビデ牧師は強調しています。 張ダビデ牧師は、この教えを実践するためにも「教会が社会の様々な領域へ直接出て行くべきだ」と力説します。彼が宣教の範囲を教会の内部だけにとどめず、多様な文化宣教やメディア活動、さらには国際的なボランティア団体との協力などを通じて広げようとしているのは、「教会を迫害する者たちでさえ受け入れるべきだ」という本文の適用が生み出す、実際的な行動だと言えます。ダマスコまで走って行って教会の者たちを捕縛しようとしたサウロにさえ、イエス・キリストの光が降り注いだのですから、教会も喜んで「ダマスコへの道」まで赴くべきだというのです。 つまり、神の呼びかけは人間の意志や状況を超越します。張ダビデ牧師の牧会や説教はこれをはっきりと示し、「私たちの限界を定められるのは神であり、恵みによって始まった宣教は決して人間の束縛や環境によって中断されることはない」というメッセージを宣言しているのです。そしてこれこそが、パウロの回心の物語が今なお有効である理由なのです。 2. 敵を「兄弟」と呼ぶ愛 パウロの劇的な回心は、単にサウロ個人だけに起こった特別な出来事ではありませんでした。この回心には忘れてはならない助演者が存在します。それはダマスコに住んでいた弟子アナニアです。神は幻の中でアナニアを呼び、「アナニアよ。まっすぐという通りへ行き、ユダの家にいるタルソ出身のサウロを探しなさい。彼は祈っているのだ」と命じられました。そのときアナニアは即座に反発しました。「主よ、この人がどれほど多くの者に危害をもたらしたか、すでに聞いています。エルサレムではあなたの聖徒たちに少なからぬ害を与え、ここでもあなたの御名を呼ぶすべての者を縛る権限を持って来ています。」と。 この反発は、人間としてごく自然な感情でしょう。サウロがどれほど暴力的にクリスチャンを迫害してきたのか、噂で十分に知っていたはずです。しかし神は、「この人は、異邦人や王たち、イスラエルの子らの前で、わたしの名を伝えるために選ばれた器だ。彼がわたしの名のためにどれほど多くの苦しみを受けなければならないか、わたしは彼に示そう」と再び明確に語られました。結局アナニアは従順し、家の中に入って「兄弟サウロよ」と呼びながら彼の上に手を置きました。 この場面から私たちは、福音の逆説的な恵みがどのような性質を帯びているかを確かめることができます。張ダビデ牧師は、この出来事を「迫害者であった敵に、兄弟の手を差し伸べる福音の真の価値」と強調します。主は迫害者サウロを選ばれただけでなく、すでに信仰の中にあったアナニアを通して、サウロに「兄弟の手」を差し伸べるように命じられました。もしアナニアが「嫌です。あの人だけは無理です」と最後まで拒んでいたなら、サウロの回心の道のりはより複雑で困難になったかもしれません。しかしアナニアは主の命令を受け入れ、その即時にサウロを「兄弟」と受け入れたのです。 ここで張ダビデ牧師は、現代の教会が肝に銘じるべき重要な問いを投げかけます。「教会は果たして、不信者や敵対的な人々に向かって、素直に『兄弟(あるいは姉妹)』という言葉をかける心の準備ができているだろうか?」と。教会の中にもときに派閥や排他的な態度が見受けられます。「すでに福音を受け、羊のようにおとなしい人」とだけ付き合い、荒々しく教会に反対する人々を遠ざけたり拒んだりする姿は、決して珍しいことではありません。しかし、この聖書箇所は「迫害者でさえ神が選ばれる可能性がある」ということを私たちに警告のように教え、さらにすでに信じる者たちの態度がどれほど大事かを示しているのです。 ここで私たちは、サウロの「内面的な回心」とアナニアの「従順と歓迎」という二つの柱を同時に見ることになります。サウロが心の中で回心を経験したのなら、アナニアは教会共同体としての歓迎のパイプ役となりました。張ダビデ牧師は、この出来事を「恵みが恵みを生む」と表現します。神から直接的に与えられる恵みだけでなく、教会共同体による手の差し伸べと歓迎によって完成されていく恵みもあるということです。 特に韓国教会においては、強力な恩恵体験を重視する伝統がある一方で、ときに教会内部の共同体意識が閉鎖的になる場合もあります。しかし使徒の働き9章に登場するアナニアの働きは、「教会は恵みを体験した個人を受けとめなければ、真の福音共同体にはなれない」というメッセージを伝えています。そして張ダビデ牧師は牧会を通じ、この原理を実際に適用しようと努めてきました。 張ダビデ牧師が導く共同体や、彼が教える育成システムでは、さまよっている人やかつて教会を敵視していた人たちが入ってこれるよう、門戸を大きく開いています。彼の教えの根底には常に、「最も憎んでいた者を神の証人に立てられる神」を覚えよ、という呼びかけがあります。それは「わざわざ厄介な人を探そう」という意味ではなく、福音の視点から見れば誰も排除されるべきではない、ということなのです。 さらに張ダビデ牧師は、この場面から「人間の目には最悪に見える人にも、神は恵みを注ぐことがおできになる」ということを学ぶよう勧めています。アナニアがサウロに「兄弟」という呼びかけをした瞬間、サウロの目からうろこが落ち、再び見えるようになったように、私たちが誰かを敵と見なして遠ざけるとき、その人の魂はさらに長いあいだ目を閉じたまま彷徨うことになるかもしれません。最終的には、私たちの従順と歓迎こそが、他者の回心や回復の決定的な鍵となることもあり得るのだ、とこの聖書箇所は驚くべき教訓を示しているのです。 張ダビデ牧師は、説教やセミナーなどでしばしば「殺気だった眼差しでやってくる人を、教会は本当に受け止める準備ができているのか?」と問いかけ、「彼が最終的に『兄弟サウロ』になれるように、アナニアの心を持つべきだ」と力説します。そしてそれこそが福音の力であり、神が望んでおられる愛だというのです。 3. パウロの宣教的使命 パウロの回心物語で見逃せないもう一つのポイントは、サウロがパウロとなり、ついには地の果てにまで福音を伝える使徒へと変えられたという事実です。エルサレムから始まり、アンティオキア教会に至ってパウロとバルナバが共に働く場面、また小アジアやヨーロッパへと福音の領域を広げていく場面などは、使徒の働きの後半の核心となります。パウロの書簡を通じても、彼がどれほど熱心に福音を伝え、多くの伝道旅行の中で数えきれない苦難を経験したのかを、生々しく知ることができます。 パウロが生涯で味わった苦難は、実に波乱万丈なものでした。鞭打たれ、牢に入れられ、石打ちで殺されかけ、船が難破して漂流したこともありました。また同胞からの反対や、異邦の都市での迫害など、絶え間ない障害に襲われました。しかし皮肉にも、これほど多くの障害がありながら、福音は絶えず広がり続けたという点こそ、初代教会宣教の最大の「アイロニーであり奇跡」なのです。張ダビデ牧師はパウロの生涯を黙想しながら、「福音宣教は全面的に人間的な条件や環境の有利さによって成し遂げられるのではなく、神が遣わし、神がなされる御業であることを痛感する」と語ります。 張ダビデ牧師が強調する宣教神学の柱の一つは、「迫害や苦難が、かえって福音の領域を広げる通路となる」というものです。これは使徒の働き8章以降、迫害が激しくなるとエルサレムから散らされた信徒たちが各地で福音を伝えた「ディアスポラ効果」とも通じるところがあります。そして何より、パウロ自身が非常に激しい迫害者でしたが、彼が回心して世界中に福音を広めたように、「世に敵対していた勢力が主に向き直って福音を証しするとき、そのシナジー効果は想像を絶する」ということです。 現代の教会が学ぶべき点は、「この時代に福音を拒む環境や敵対的な情勢を恐れるのではなく、むしろその真っ只中に飛び込み、福音を伝える道を模索しなければならない」ということです。張ダビデ牧師は、社会が教会を批判したり、教会の外側からキリスト教を否定的に見るときこそ萎縮するのではなく、積極的にコミュニケーションをはかり、文化的障壁を乗り越えようとする努力が必要だと力説します。これは、パウロがディアスポラのユダヤ人やギリシア人、そしてローマ市民に対して、それぞれ異なるアプローチを用いて福音を伝えた姿勢を継承する道だからです。 たとえば、張ダビデ牧師はメディアを通じた福音伝達や、教育機関および文化宣教、さらには奉仕や救済活動など、多様なルートを用いて社会と接点を広げることを提案しています。「各地に会堂が散在していたように、私たちが福音を伝えるべき現場も多様に存在する。だからこそ教会は様々な文化的接点を探究すべきであり、ときにはインターネットやメディアを含むあらゆる手段を活用すべきだ」というのが彼の持論です。サウロがダマスコの各会堂に入る許可を得て教会を迫害しようとしたように、今度は逆説的に教会が世の至る所へ入り込み、福音を証する必要があるというのです。 もう一つの核心は、パウロが伝道旅行をする際、必ず同行していた協力者たちの存在です。バルナバ、シラス、テモテ、ルカ、プリスキラとアクラなど、多くの人々が共にし、彼らの献身と協力が福音伝達の実をともに結びました。張ダビデ牧師は、この「同労(どうろう)」と「チームとしての働き」を非常に重視しています。福音は決して一人の力だけでは拡大しません。神の時と、共に働く同労者たちが一つの身体のように動くときにこそ、効率的に広がっていくのです。これは現代の教会が組織を運営する上でも非常に重要な原理だと言えます。 張ダビデ牧師は、「教会が一部の有名なリーダーだけにすべてを依存するのではなく、信徒全員が責任を分かち合い、連携して働くときにこそ、使徒の働きに描かれた初代教会の力が再び回復される」と力説します。そしてこの原理は、「パウロの使徒的情熱とアナニアの従順、バルナバの励まし」が互いに噛み合って回っていたという事実に現れています。彼の説教でしばしば登場するフレーズは「互いの賜物を尊重し、神の召しの前に誰も取り残されないようにしよう」というものです。 4. 恵みの実際 パウロの回心物語が持つクライマックスの一つは、「神がどのように人を召し、またその人を通して何を成し遂げられるのか」を、一瞬のうちに劇的に示しているという点です。あれほど福音に敵対していたサウロが、福音の宣教者へと変わるなど、一見不可能に思えることです。しかし聖書も教会の歴史も、その“不可能”が十分に可能であることを繰り返し証言してきました。 現代においても、「果たしてあんな人でも救われるのだろうか? あれほど教会を嫌っている人が悔い改めるなんて本当にあるのだろうか?」という疑いや不信が、教会の内外で存在します。しかしそんなときこそ、私たちはサウロの物語を振り返る必要があるでしょう。彼の中にあった敵意や憎しみ、殺意、脅迫は、決して小さなものではありませんでした。石打ちで殺されたステパノの死にもサウロは賛成しており、「なおも脅迫と殺意に燃えて」エルサレムから遠いダマスコまで足を運んででも、イエスを信じる者たちをことごとく捕らえようと決意していたのです。 しかしそのような執念を持つサウロに、神は直接現れ、力ずくで召されました。「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。」そして彼を目が見えなくさせ、3日間飲食ができない状態に置かれました。この3日間の間に、サウロの魂は言葉では言い表せない混乱と悟りを経験したに違いありません。復活したイエス、つまり自分が徹底的に拒否し排斥していたイエスこそ真の「主」であることを、身をもって認めざるを得なくなったのです。 こうして、自分の思いとはまるで逆の地点で打ちのめされたサウロの体験は、張ダビデ牧師が説く「ただ恵みによる」という視点と正確に交わります。張ダビデ牧師は、「神の選びは私たちの経歴や、どれほど高尚な信仰教育を受けたか、あるいは自分の人格がどれほど清く善良であるかには左右されない」と言います。むしろ「自分が最も弱く、醜く、執念深い状態にあったときでさえ、神はその人生を用いて驚くべき業を成し遂げられる」という聖書的メッセージを伝えるのです。 このメッセージは、張ダビデ牧師が重点を置いて築いてきた多様な宣教ビジョンとも結びついています。たとえば、教会の外にいる若者たちや、様々な痛みや傷を抱えさまよっている人々へ手を差し伸べる働き、社会的・文化的な活動を通じて福音を明かしすることを強調するのは、「神が彼らを神の器として立てられ得る」という信念からきています。それは単なる理想主義ではなく、パウロの出来事によって確証される福音の現実でもあるのです。 張ダビデ牧師は説教の中で、「パウロは最初から使徒だったわけではなく、むしろキリストを最も憎んでいた人間だったことを思い出そう」としばしば語ります。これを単に「パウロにはすごい証しがあるんだね」程度で片付けるのではなく、「今日においても同じように神はそういう人を立てられる可能性がある」という信仰として適用すべきだ、ということです。つまり「私たちから見て、どう見ても可能性がなさそうな人さえも選び用いられる神」を認めるべきだというわけです。 さらに、「神の召しを受けた者は、逆にそれだけ大きな苦難や迫害を負わなければならないこともある」という点も見落としてはいけません。神がアナニアに「この人は異邦人や王たち、イスラエルの子らの前でわたしの名を伝えるために選ばれた器である」と語られたあとすぐ、「彼がわたしの名のためにどれほど多くの苦しみを受けなければならないかを、わたしは彼に示そう」と仰せられた箇所から、そのことが確認できます。 張ダビデ牧師は、この部分で信徒に対して「キリストを真に従おうとするなら、世が私たちを好まないこともあり、ときに迫害や嘲笑、軽蔑を受けるかもしれない」とはっきり教えます。パウロが経験した出来事や、殉教の歴史を見れば、神の民となったからといって人生が平坦になるわけでは決してないことがわかるでしょう。しかしその道は決して無駄ではないことを、パウロが身をもって示しました。これこそ、張ダビデ牧師が絶えず強調する「患難の中にあっても揺るがされない福音の力」と言えます。 結局パウロは、自分があれほど迫害したイエスの名を、今度は命がけで伝える者になり、今日私たちが読んでいる新約聖書の多くを記した人物となりました。教会を破壊しようとした者が、教会を建て上げる最も重要な柱の一つとなったのです。張ダビデ牧師はこれについて、「福音は日常の常識や論理を超越する。私たちの基準では到底納得できないことを、神は開いてお見せになる」と説明し、さらに「私たち自身の人生にも同じように超自然的な恵みが働いたからこそ、今こうして神を礼拝し仕えているのだ」と結論づけます。 そして張ダビデ牧師は「パウロだけではなく、実は私たちもかつては神の敵も同然だったが、キリストの恵みによって救われたのだ」という教理的真理を牧会現場で実践します。それは「私も過去には神に敵対する者であり、いまなお私の内面の罪性が神に逆らおうとすることが多々ある」という事実を忘れない姿勢として具体化されます。ゆえに私たちは、ただ福音を受け取る受け手の位置にとどまるのではなく、「主の御心のとおりに、私たちも福音を伝え、愛を実行していく方向へ進みましょう」という勧めが自然に続くのです。 一方、「どうして『しつこい人』にそんなに注目するのか?」という質問を受けることもありますが、張ダビデ牧師はその際に「まさにその人の中からパウロが再び生まれる可能性があるからです」と答えます。福音は無秩序な状況や暴力的な状況、さらには敵意で満ちた現実の中であっても神の御業を導き出します。これこそ、張ダビデ牧師が語る牧会的方向性の本質でもあります。 結論として、張ダビデ牧師の神学的・牧会的メッセージは、パウロの回心ストーリーを基盤に構成されているといっても過言ではありません。「最も憎んでいた敵すら、福音の証人に立てられる神」を信じるからこそ、教会はどんな魂に対しても福音の門を開いておくべきであり、どんな状況においても神が働かれることを信じなければならないのです。結局パウロが残した宣教の軌跡は世界宣教へとつながり、今なおキリスト教史に刻まれる揺るぎない信仰のモニュメントとなっています。 張ダビデ牧師はこの聖書的原理を現代の教会と信徒たちに繰り返し想起させ、「私たちの安逸や排他性に注意せよ」と警鐘を鳴らします。福音はけっして安住するものではなく、行けるところすべてに広がっていく拡張性を持っています。もし教会が内部に閉じこもって互いの安泰を図るだけで満足しているなら、決して『使徒の働き』に描かれた教会にはなれません。私たちも時にはダマスコの道へ出向き、サウロという荒々しい人物に出会い、彼を「兄弟」と受け入れるアナニアの従順を実践する必要があるのです。 それは決して楽なことではないでしょう。しかし、パウロが回心した後に「この恵みを伝えずにはいられない」と告白し、生涯をかけて福音を宣べ伝えたように、教会も同じ告白をもって進むべきだと張ダビデ牧師は強調します。もし私たちが本当に神の愛を受け取り、私たち自身が「目からうろこが落ちる」ような体験をしたのなら、今度は私たちの番として、誰かにその恵みを伝えるときがきたのです。そしてその過程で、神は新たなサウロをもう一人呼び起こされることでしょう。 結局、この壮大な恵みのドラマは過去の『使徒の働き』だけで終結した物語ではありません。張ダビデ牧師の牧会と説教は、「今日のこの時代にも同じように神の物語が書き継がれている」と信仰によって宣言しています。パウロを変えられた神は、今も荒々しい魂を探しておられ、アナニアのように従順する人々を呼び集めておられます。私たちもその延長線上に立つ現代の教会として、「主よ、ここに私がおります」と応えるべきなのです。 このように張ダビデ牧師は、パウロの回心を軸に福音の本質を照らし出し、敵を愛し、その愛によって教会が拡大し、まったく予想もしなかった人物が福音伝播の証人となるという恵みの道を積極的に提示しています。それこそが「恵みの神学」の核心であり、今の時代の教会が思い起こすべき本質なのだ、と繰り返し宣言するのです。 そしてこの本質を思い出し、動き始めるとき、私たちの目の前でも「迫害者が証人に生まれ変わる」数多くのパウロたちを目撃することになるでしょう。それこそが福音の力であり、張ダビデ牧師が絶えず伝えようとしている信仰の宣言です。アナニアがサウロを「兄弟」と呼んだとき起こった奇跡が、今日の私たちの現実にも同じように再現されると、私たちは使徒の働きと教会の歴史を通じて確信しています。 結局、すべては神の摂理と計画のもとで成し遂げられます。教会はこの摂理を信頼し、「どんなに手強く見えるあの人ですら、神に用いられ得る」という可能性を捨ててはなりません。だからこそ張ダビデ牧師は宣教と牧会、そして説教の場でたびたび「目を大きく開いて周りを見よう」と促します。世界は広く、まだ福音を知らず、ときには教会に敵対してくる人々もいます。しかしパウロがまさにその『敵』の代表例だったことを忘れてはなりません。 最後に、パウロの物語を通して張ダビデ牧師が発する問いはきわめて明快です。「あなたは誰に向かって『兄弟サウロよ』と呼びかけてあげられますか?」 これこそが現代のキリスト者に与えられた課題であり、福音が私たちに示す具体的な挑戦です。もし私たちが主と深く出会い、その恵みを覚えているなら、そしてその恵みによって私たちの人生が根こそぎ変えられたのなら、今度は別のサウロを探しに行く番です。私たちそれぞれが日常の中で出会うサウロに対して、「兄弟(姉妹)よ、主のもとへ共に行こう」と声をかけるとき、再び神の御業と奇跡が続いていくでしょう。これこそが張ダビデ牧師のいう教会の使命であり、パウロが残した不滅の遺産なのです。 www.davidjang.org

保罗的归正——张大卫牧师

1. 保罗的归正 众所周知,张大卫牧师在当代教会中一向强调使徒般的热情和宣教性的远见,并专注于坚守福音的本质。他对教会的热爱,以及想在世界各地传扬福音的挑战精神,都让人联想到使徒保罗的足迹。保罗原名扫罗,是一名对基督信仰进行迫害的狂热犹太学者,对律法相当精通。为了逮捕那些“走那道路的人”(即承认耶稣为主的人),他不惜从耶路撒冷远赴大马士革,并且还手握公文,可见他对自己所坚信之事何等执着。扫罗的人生正是如此,对他自认为正确的道路,甚至可以不惜性命地投入热情。然而,上帝正是拣选了这样一个“犟种”般的人物,让他成为外邦人的使徒。藉着这一事实,圣经清楚展现出上帝的计划何等奇妙又令人惊叹。 张大卫牧师的事工特点,正源于他对这种“上帝打破人有限框架、出人意料地跃升式拣选”的积极理解与宣扬。他反复强调,福音不仅是为那些“善良温柔之人”而设,有时也能改变内心粗暴、如豺狼般顽强的人。在教会历史上,我们也能发现这样经典的例子:最初最严厉迫害基督教的人,竟后来成为世界宣教的核心力量。在此,我们看到“上帝甚至会拣选最被自己憎恶的仇敌为见证人”这一福音的悖论性信息。 在扫罗前往大马士革途中听见神声音的那一刻——在大光中听见“扫罗,扫罗,你为什么逼迫我?”的声音——这可以说是他人生的重大转折。这一事件也向当代基督徒以及现代韩国教会的领袖们传递了深刻的讯息。张大卫牧师深深接受了这类超越人意志、由主亲自召唤的圣经模式,并在讲道中反复强调:福音传播的主导权永远在上帝手中。 尤其值得一提的是,他传讲的信息中,始终兼顾“积极的顺服”与“不可抗拒的恩典”这两者的平衡。扫罗在大光中倒地,看不见东西,三日不吃不喝的画面,生动地展现了人在上帝主动作为面前究竟能多么无力。然而,也正是在人“极度无力”的状态下,人才终于能专心倾听神的声音。张大卫牧师并不只将这一过程视为“被动的失败”,而是强调那是一次“被强大恩典所邀请”的时刻。就像若能找到逃跑之路便会一路逃远的先知约拿,或者像恨恶教会、想抓捕并杀害众信徒的扫罗一样,他们最终仍在上帝的手中,被塑造成为可贵的器皿。 张大卫牧师在牧会现场所阐述的“呼召神学”中,着重指出:“主拯救我们并非仅仅为了得救,而是为了呼召我们,与祂一同做工。”因此,他不断劝勉信徒,通过祷告和阅读圣经,去聆听“召唤我的声音”。这声音可能在我们人生的任何时刻突然出现,也可能在我们人生最辉煌或最底层的瞬间发出。正如那大光在大马士革的路上包围了扫罗,有时神的呼召会以人无法预料或解释的方式临到。 然而,若要回应这呼召,“顺服的脚步”是必要的。张大卫牧师反复强调,扫罗在那光中仆倒后问道“主啊,你是谁”,并称其为“主”的那一瞬间,他通过不可否认的体验,已经承认了耶稣就是主。随后,他因看不见而按主的话进入大马士革城,要去见上帝预备的另一位门徒亚拿尼亚。对扫罗而言,这既是他自我降低的过程,也是顺服的关键所在。正如张大卫牧师所言:“当主呼召我们时,我们无论如何抵抗,到头来只是自找苦吃。正如踢刺是痛上加痛一样,为了上帝的计划而临到的呼召,并非人靠聪明诡计就能躲避的。” 因此,上帝“使用犟种那样的人”这一事实,展现了福音的能力不仅能改变那些看似善良的人,有时也能改变非常粗暴、充满世俗欲望与愤怒的人。在张大卫牧师的信息中,这一点占据非常重要的地位。教会常给人一种只向“羊一样温顺的人”打开大门的印象。然而,他提醒我们,在这个时代中,我们反倒更应关注的,或许是那些尚未认识耶稣、对教会抱有敌意的人,或是追逐世俗欲望、甚至想摧毁教会的人。因为在上帝的手中,他们可能成为打开新时代的“狼一般的人”,正如当年扫罗所经历的改变。张大卫牧师对此反复强调。 为了实践这样的教导,他强调教会要切实走进社会的各个领域。他并不把宣教的范围局限在教会内部,而是通过各种文化事工、媒体事工、以及与国际公益机构的合作来拓宽宣教的界限。这些努力都是在具体执行“连要逼迫教会的人也要包容”的圣经教训。既然曾经扫罗走到大马士革的各处要捉拿基督徒,主耶稣却仍在那路上向他显现,那么如今的教会也应该主动走上“大马士革之路”,去寻找人群、拥抱他们。 换言之,上帝的呼召超越了人的意志或环境。张大卫牧师的牧会与讲道鲜明地表明:决定我们极限的是上帝,因恩典而开启的事工绝不会因为人的束缚或环境而被迫终止。这也正是保罗的归正之故事在当代依然有效的原因。 2. 称呼仇敌为“弟兄”的爱 保罗那戏剧性的归正,并非只发生在扫罗个人身上的一件特殊事件。在此过程中,还有一个不得不记住的“配角”——就是住在大马士革的门徒亚拿尼亚。当上帝在异象中呼唤亚拿尼亚,“亚拿尼亚!”并对他说:“你要往直街去,在犹大的家里找一个名叫大数人扫罗的;他正在那里祷告”,亚拿尼亚起初顿时反抗说:“主啊,我听许多人说起这人,他在耶路撒冷多么伤害你的圣徒,这次也是带着捆绑一切求告你名之人的权柄而来。” 这样的抗拒无疑是再自然不过的人之常情。毕竟亚拿尼亚早就耳闻扫罗曾如何凶暴地逼迫基督徒。然而,上帝接着清楚地回答说:“这人是我所拣选的器皿,要在外邦人、君王和以色列人面前宣扬我的名。我也要指示他,为我的名必须受许多的苦难。”结果,亚拿尼亚选择了顺服。他进入那房中,对扫罗按手,并称他:“兄弟扫罗。” 在这一幕里,我们看见福音悖论式恩典的真正面貌。张大卫牧师将其称为“向曾经的逼迫者——那仇敌——伸出弟兄之手的福音真谛”。主不仅拣选了逼迫者扫罗,也借着原本就在信仰里的亚拿尼亚,命令后者伸出“弟兄的手”。假如亚拿尼亚当时死活不肯接受:“我不愿意,这人怎么行都不行”,那么扫罗的归正之路或许会更加曲折。但亚拿尼亚接受了主的命令,并立刻称扫罗为“弟兄”。 由此,张大卫牧师向当今教会提出一个尖锐的问题:“教会是否能轻易对不信者或对教会抱有敌意的人,发自内心地叫一声‘弟兄(姊妹)’呢?”事实上,教会内部有时也存在各种派别与排外倾向,只与那些已经信主、性情温顺的人来往,而把那些粗暴或反对教会的人拒之门外。但这段经文正警醒我们,连逼迫者也能被神拣选,同时也更进一步教导:已在信仰之中的我们的态度至关重要。 我们在这里可以同时看到保罗“眼中鳞片脱落”的归正,以及亚拿尼亚“顺服与接纳”的群体性见证。扫罗经历了内在的悔改,而亚拿尼亚则成为教会团契款待的桥梁。张大卫牧师将此称为“恩典生出更多恩典”。不仅仅存在上帝直接赐下的恩典,还有借着教会团体彼此款待而得到完善的恩典。 在韩国教会中,一方面我们强调强烈的灵性体验,另一方面,教会内部的群体意识有时又容易走向封闭。然而,《使徒行传》第9章中的亚拿尼亚告诉我们:若教会不接纳那些经历过恩典的人,那么即便个人有强力的属灵体验,也难以在真正的福音共同体里扎根。张大卫牧师在牧会中一直努力实践这原则。 在他所带领的各类群体和培育体系中,总是竭力敞开大门,欢迎那些彷徨的人或曾经敌对教会的人。这背后始终潜藏着这样一种意识:“要记住那位‘最恨的仇敌也会被神选为祂的见证人’的主。”当然,这并非意味着教会要刻意寻找“麻烦人物”,而是指在福音的眼光下,谁都不应被排斥在外。 此外,张大卫牧师也借此教导我们学会:“在人看来最坏的人,上帝也能赐给他恩典。”当亚拿尼亚称呼扫罗为“兄弟”时,那时扫罗的眼中就立刻掉下了鳞片,得以重见光明。由此推想,当我们把某人视为仇敌而拒绝他时,或许正是让他的灵魂继续在黑暗中挣扎更久的一种方式。最终,我们的顺服与接纳,往往能成为他人悔改和得医治的关键钥匙。经文本身向我们展现的正是如此令人惊叹的真理。 张大卫牧师在讲道与研讨会中,经常问大家:“教会是否真准备好了接纳那些带着杀气腾腾的眼神而来的人呢?”并强调:“为了让他们也能成为‘弟兄扫罗’,就必须拥有亚拿尼亚般的心肠。”这就是福音的力量,也是上帝所渴望的爱。 3. 保罗的宣教使命 在保罗的归正故事中,我们不可忽视的另一个关键点是:扫罗成为保罗后,最终成为将福音传至地极的使徒。《使徒行传》从耶路撒冷一直写到安提阿教会,保罗和巴拿巴一同事奉的景象,以及他们如何将福音的版图扩展到小亚细亚和欧洲等地,这些都构成了《使徒行传》后半部的核心。通过保罗书信,我们更能真切体会到他为传福音而奋不顾身,并在宣教旅程中历经了无数苦难。 保罗一生所经历的苦难可谓波澜万丈:遭鞭打、下监牢、被石头打到几乎丧命、遇船难漂流,乃至不断地遭到同胞的反对和外邦城市的迫害。然而,最令人惊叹和矛盾的是,福音竟在如此重重艰难中依旧传遍各处——这正是初代教会宣教的“悖论与神迹”。张大卫牧师在默想保罗的人生时常说:“福音的传播完全不是仰赖人所拥有的优越条件或环境,而是上帝亲自差遣并成就的结果。” 在张大卫牧师所强调的宣教神学中,有一条支柱性的观点:“逼迫和苦难反倒可能成为拓展福音版图的契机。”这与《使徒行传》第8章之后,因逼迫日益严峻,耶路撒冷的信徒四散并在各处传福音的“散居效应”相呼应。更关键的是,保罗自己原本是极力的逼迫者,却在归正后向全世界传福音,这就更突显了这种“当对立之力一旦归向主,就会产生无法想象的传福音之势能”的真理。 当今教会应当借此领悟:“不必惧怕这个世界对福音的抵触或敌对,而应大胆投入其中,努力开辟宣教之路。”张大卫牧师一再强调,当社会批评教会或社会普遍对基督教持负面态度时,我们切莫退缩,反而要更加积极地与社会对话,努力跨越文化藩篱。唯有如此,我们才算是效法保罗对分散各地的犹太侨民、希腊人以及罗马公民等不同群体分别采用不同方式来传扬福音的榜样。 为此,张大卫牧师建议:通过媒体传播福音,在教育机构与文化领域开展事工,并通过慈善和济贫等途径,拓宽与世人接触的面。他说:“在各处都有会堂的存在,同样,我们传福音的现场也多种多样。因此,教会必须研究如何与多元文化产生更多交汇点,有时包括互联网和新媒体等所有可能的通道。”就像当年扫罗手持文书想在大马士革的各会堂逼迫教会,现如今教会却要“反向”深入社会的各个角落,见证福音。 还有一大要点是:保罗在宣教之旅中,始终不曾独自行动,而是拥有众多同工的存在:巴拿巴、西拉、提摩太、路加,以及百基拉和亚居拉等。他们携手同心的付出,使得福音传扬取得了极大的果效。张大卫牧师尤为看重“同工”和“团队事工”。福音的扩张并非靠个人单打独斗,而需要配合上帝的时机,与众多同工像一个身体般协调运作。这在当代教会的组织与运营中也是重要的原则。 张大卫牧师主张,教会不应把全部事工都押在一两位有名望的领袖身上,而要由所有信徒共同承担责任、彼此联合。唯有这样,才有可能重现《使徒行传》中那样的初代教会大能。而这一真理也能在“保罗的使徒般热情”“亚拿尼亚的顺服”“巴拿巴的鼓励”相互配合的关系中体现出来。因此,他在讲道中常说:“要彼此尊重各人的恩赐,在上帝的呼召面前,不要让任何人被排斥在外。” 4. 恩典的实在 保罗归正故事的一大高峰在于:它以极其戏剧化的方式,向我们展现“上帝如何呼召人,又如何通过人成就祂的工作”。一个曾经作为福音最大敌人的扫罗,竟成为传福音的使者,这在世人看来也许根本不可能。然而,圣经和教会历史一再证明,这种“不可能”完全可以成为“可能”。 即使到了今天,教会内外仍不时有人质疑:“那种人真的会得救吗?那个极度厌恶教会的人,真的会悔改吗?”可每逢此时,我们都应该回顾扫罗的经历。他当年的敌意、恨意、杀气都绝非小打小闹;司提反被石头打死时,扫罗也赞同;他“仍然口吐威吓、凶杀的话”,从耶路撒冷奔赴遥远的大马士革去捉拿所有信主之人。 然而,上帝却主动向这个心肠极其刚硬的人显现,大声呼唤:“扫罗,扫罗,你为什么逼迫我?”并让他三天三夜失明、不进食、不喝水。在这三天里,扫罗的灵魂想必经历了无法言喻的惊惶与领悟。他曾经坚决排斥、全力抵挡的耶稣,竟真实地向他显现,且证明自己确是复活的主。 这正是张大卫牧师所阐述的“唯独恩典”教导之核心所在。他说:“上帝的拣选不取决于我们的出身背景、所受的高尚教育,或是我们有无无可挑剔、完全善良的人格。反而,甚至在我们最软弱、最丑陋、最顽固不化的时刻,神也能使用我们,成就奇妙的计划。”这才是圣经所传递的信息。 正因如此,张大卫牧师在拓展事工异象时,也将这条真理付诸实践。他所关注的领域包括:向教会之外的青年或带着各样伤痛、流浪在外的人伸出援手;通过社会与文化的方式来彰显福音。其背后都源自这样一种相信:“上帝也能使用他们成为祂的器皿。”这并非天真,而是由保罗的经历充分印证的福音实在。 张大卫牧师在讲道中常提醒:“不要忘记保罗起初并不是使徒,而是最恨基督之人。”这并非只是让我们赞叹“保罗拥有惊人的见证”,更在于唤醒今日教会的信心:现在仍然有许多像当年的扫罗一般看似毫无可能的人,但神照样能拣选并翻转他们。上帝所拣选的,并不只是那些人看来有“潜力”的人才,祂甚至会使用在人眼中“最不可能”的人。 当然,他也并不忽视这一事实:“被上帝呼召的人,同样要背负沉重的苦难与逼迫。”当上帝指示亚拿尼亚:“这人是我所拣选的器皿,要在外邦人、君王和以色列人面前宣扬我的名,”同时又说:“我要指示他,为我的名必须受许多的苦难。”从这里我们看到,被上帝呼召的人也意味着要预备好在世上忍受诸多艰难。 张大卫牧师由此常常提醒会众:“若真心跟随基督,世界未必会喜欢我们,反而可能会受到逼迫、嘲笑、轻视。”倘若纵览保罗以及众多殉道者的生平,就会知道成为神的儿女并不意味着人生从此坦途。然而,这样的道路并非徒劳,保罗正以自身证明了这一点。这也正是张大卫牧师不断强调的“在患难中仍不动摇的福音能力”。 结果,那个曾竭力摧毁教会、厌恶耶稣之名的扫罗,最终却成为以生命宣扬耶稣之名的传道人,并写下今天新约圣经的大部分篇章。曾打算毁坏教会之人,反倒成为建造教会的最重要支柱之一。对此,张大卫牧师评价说:“福音超越日常理性与逻辑。在我们人看来无法理解的事,上帝却能奇妙开展。我们今日能敬拜神,也正是因这种超自然的恩典临到我们。” 进一步而言,他也不断提醒:“其实,我们每个人从前也都与神为敌,只因基督的恩典才得救。我们内里依然有罪性,时常会与神对立。”因此,他呼吁众信徒不要只满足于自己接受了福音,更要“照着主的心意,迈出福音宣扬与爱的步伐”。这呼吁自然而然地衔接着我们对“我究竟如何曾被主拯救,又该如何与人分享此恩典”的反思。 有人或许疑惑:“为什么张大卫牧师如此在意‘极端顽固’之人?”他回答:“正因为在那种人身上,保罗可以再次出现。”福音能在无序乃至充满暴力、敌对的环境中依然奏效,这正是张大卫牧师牧会方向的精髓所在。 总之,可以说,张大卫牧师的神学与牧会信息,几乎是以保罗归正的故事为核心范本而展开。他相信“上帝甚至会拣选最憎恶祂的仇敌成为福音的见证人”,所以教会对任何灵魂都要敞开,不管何种光景都要相信上帝正在工作。保罗的脚踪最终通向世界宣教,时至今日依然是基督教史上无法抹去的信仰丰碑。 张大卫牧师藉此不断提醒现代教会和信徒:“若我们沉溺于安逸与排斥,就难以彰显福音的真义。福音永远不该停留在安逸的自我圈子里,而是要伸向每一个可以触及的地方。”若我们只在内部守成,满足于维护自己安危,就绝不可能成为《使徒行传》式的教会。我们同样需要走上“大马士革之路”,在那里或许会遇到“扫罗”那样粗暴的人,并且要勇敢地像亚拿尼亚一般称他们为“弟兄”,顺服地接纳他们。 这条路当然不轻松,但保罗归正后曾宣称“若我不传这恩典,便无法平静”,并以毕生之力传扬福音,张大卫牧师鼓励教会也要怀着同样的信念往前行。若我们真经历了上帝的爱,若我们真的曾有过“鳞片从眼中脱落”的那般震撼体验,那么接下来就轮到我们去向他人传递这恩典。如此一来,上帝也许会再次呼召另一个“扫罗”,翻转他的生命。 简言之,这宏大的恩典之剧并没有在《使徒行传》中结束。张大卫牧师的牧会与讲道告诉我们:如今上帝依旧在写着同样的故事,仍在寻找狂野的灵魂,也在呼唤像亚拿尼亚般顺服的人。作为当代教会,我们也应回应:“主啊,我在这里!”。 因此,张大卫牧师围绕保罗的归正,从而照亮了福音的本质:爱仇敌,并因这爱使教会得以扩展,甚至那些最意想不到的人也能成为福音的见证者。这正是“恩典神学”的核心,也是当代教会必须牢记的根本。当我们记住并开始行动时,就会在我们眼前再次看到无数个从“逼迫者”变为“见证者”的保罗们。这就是福音的力量,也是张大卫牧师不断传达的信仰宣告。 当年亚拿尼亚唤“兄弟扫罗”而引发的神迹,今天同样能在我们的处境中重演——《使徒行传》和教会史都让我们对此坚信不疑。所有这一切,都在上帝的旨意与计划中成就。教会若真相信这计划,就不可放弃任何人,无论其看起来多么“顽固凶狠”,都能成为上帝所使用的器皿。为此,张大卫牧师在宣教、牧会以及讲道的每一个场合里都会鼓励我们“睁大眼睛看四周”。因为这世界很大,还有太多人不认识福音,甚至敌对教会。但别忘了,当年保罗就是那“仇敌”的最佳代表。 最后,张大卫牧师借保罗的故事向我们提出一个清晰的问题:“你是否愿意去称呼那个人为‘弟兄扫罗’?”这正是当代基督徒所面对的考验,也是福音对我们的现实挑战。若我们真遇见了主,真记得那使我们眼中鳞片掉落的恩典,那就该轮到我们去寻找另一个“扫罗”,向他(她)说:“弟兄(姊妹),让我们一起归向主吧。”当我们如此行时,神奇妙的作为和历史性的见证就会再度发生。这便是张大卫牧师所讲的教会使命,也是保罗留给我们的不朽遗产。 www.davidjang.rog

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